最近作った曲の話―アワー・サマータイム・アワー

 ども。第二回です。今回は「アワー・サマータイム・アワー」という曲。これはおよそ一年前に作って吉田音楽製作所のコンピに出してそれっきりの曲。ちゃんと投稿していない曲です!どこで聴くねんって話ですが,bandcampにあるので興味がある人は聴いてみてください。この曲だけなら別に買わなくていいです(コンピは買ってね)。吉音人なら普通にアクセスできるし,欲しいとかいうもの好きな人間がいたら連絡くれればあげます。

kitchon.bandcamp.com

↑の2曲目です。

 架空の夏の想い出を曲にするとかいう集団幻覚コンピをやるらしいと聞いて,強めの幻覚(と現実の狭間)やっていくか~~というモチベのもと作りました。作詞は謎の覆面作詞家であるところの楠 付点 四分休符さんなのでこの歌詞はかなり『回顧』の面が強いです。あとで歌詞の話をします。

 まずはリファレンスについて。明らかなリファレンスとしては「恋と微炭酸ソーダ」,「恋するトウィンクル」,「1・2・3」です。あとは明るく切ない系統のまふまふの曲を聴きまくって作りました。自分でもまふチルすぎて笑ってます。

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 展開(とメロ)は明らかに「恋と微炭酸ソーダ」で,「恋するトウィンクル」はサビのカノン進行の元ネタです。あとラスサビ入りは「1・2・3」です。まんますぎる。

 曲を作っていた時のこだわりの話。正直ほとんどないので薄いんですが,この曲を作っているあたりから,ギターフレーズにディレイをかけるのが好きになっており,Bメロなどでやっています。実は付点八分よりも四分の方が好きかも。ベースフレーズ,ギター,ドラムは完全に手癖なので語れることはありません!イントロのフレーズは一瞬だけブルーノート(?)になります。これが数少ないこだわりで,これをキー内の音にするとかなり興がそがれるな~と思いながら入れてます。このフレーズに薄くストリングスのハモリを入れているのは「恋と微炭酸ソーダ」の真似です。「恋と微炭酸ソーダ」良い曲すぎる。

 一番のこだわりポイントはサビのギターで,これは左右で別のことをやって全体として一つのコードにする,みたいなことをやっています。どっちがどっちだったかは忘れましたが,左右のどちらかは普通のオープンコードを弾き,反対側で9thを中心にしたテンション系の音を鳴らして,全体としてadd9とかの雰囲気を出すようなイメージ。なぜこんなことをやったかといえば,まふまふの写真集(とちょっとだけ曲とギターのことを語っている雑誌)でそんなことを言っていたからです。まふチルすぎるぜ。

 ボーカルの話。夏っぽいボカロといえばIAさんでしょ!の軽いノリでIAさんにしたところ,音域が合ってなさすぎて苦労しました。あと,かつてIAさんはめちゃくちゃVocal Tuningしやすいと言われていましたが,実はそんなことは無く,普通に難しいです。簡単に思えるのは,比較的簡単に『あの声』が出せるからで,割とクセの強いライブラリではあると思います。その点初音ミってやっぱすごいわ。画像は省略しますが,いつものようにノートをブチブチ切り刻んで手動ピッチ調整をし,書き出してmelodyneにかけています。ノート分割多用法ではやっぱり発音が弱くなるところがあるので,もう少しピッチラインを書く方法を探求した方が良いな~と思う次第。

 作詞の話。とりあえずどこにも歌詞全文が上がってないのでここに貼っておきます。そのうち歌詞置き場にも置くかも?

 

炎天下吹く温い風
湿ったシャツを揺らして
入道雲が僕らを追い越して行く

夕立が通り過ぎた
濡れた地面歩けば
太陽がまぶしすぎて目を細めた

見上げるほどの向日葵抜けて
跳ねる麦わら目印にして
飛行機雲が空切り裂いて
蝉の声遠く響いて
乾いた喉に水を流して
木陰涼んで無駄話して
ずっとこのままいられたらいいのに

忘れてしまわないように
思い出せるように
大人になっても話をしよう
「夕陽が落ちるまでは僕らの時間」
そう言って笑い合った あの夏の話

炎天はいつの間にか
高い空に霞んで
入道雲は僕らを置き去りにして行く

群青が枯れ始めて
オレンジ色遠くなっても
宿題なんて一つも終わらないまま

白紙のままのノート開いて
進まぬ筆を指で回して
冷えたジュースが汗を流して
解けない問い目を背けて
机囲んで頭抱えて
明日の僕らに答え任せて
今はこのままいられたらいいのに

忘れてしまわないように
思い出せるように
大人になっても話をしよう
僕らで描いていた手書きの夢
ちょっと恥ずかしいような あの夏の話

いつか僕らも
どこかそれぞれの道を
歩み離れてゆく
だとしても
いつまでも覚えている きっと

いつかまた出会えたなら話をしよう
大人になっても約束だよ
「夕陽が落ちるまでは僕らの時間」
そう言って笑い合った あの夏の話

ところでここからは,作詞担当の楠さんに出てきてもらって書いていきます。

 まず,この歌詞は全体的に『回顧』から成っています。『笑い合った あの夏の話』と言っているように,やや大人になった現在から未来を向きながら過去を懐かしむ,そういった風情です。Aメロでぼんやりした情景,Bメロで具体的な情景,サビで回顧のテーマ,という展開を意識しています。これは1番と2番で共通している展開ですが,時間軸は若干ずれていて,1番は夏休み真っ盛り,2番では夏休みの終わり時,そしてDメロラスサビにかけて未来を向きつつ最後の回顧をする感じ。"共通"と"ずらし"みたいなもののバランスは楠歌詞でかなり意識しています。

 いつもの対比の話。楠歌詞(なあむ歌詞)は,手癖としてほぼすべて1番2番で明確な対比(同系統または全く同じ言葉を置いて修飾(?)する内容を変える)を入れています。今回で言えば『入道雲が僕らを追い越していく』と『入道雲は僕らを置き去りにして行く』です。今回はこれによって時間経過のイメージと『追い越』され,『置き去り』にされるというイメージを与えています。入道雲は進んでいく時間で,僕らが過去に囚われていることを表現したつもりです。だからなんだという話ですが,ぼんやりとしたイメージでテーマ性を与えられるような作詞ができるようになることが目標です。Bメロの具体描写は連用連結(自分がこう呼んでいるだけ)を使って,体言止めとはまた違った,ぶつ切りにせずにシームレスに情景が流れていく感じを出そうとしています。2番Bメロは特に気を遣って書いた歌詞で,『明日の僕らに答え任せて』というのは,もちろん当時の自分たちが宿題なんて明日でいいや~みたく思っていたことを示していますが,やや大人になった(現在の)自分たちが『大人になる』というその事実から目を背けていることも暗示しています。こういう掛詞からしか摂取できない栄養素があるんですよ,絶対書いた本人しか分からないけど。

 残りのこだわりポイントですが,幼さを表現するための『見上げるほどの向日葵』とか『手書きの地図』とかのフレーズを忍ばせています。『大人になっても約束だよ』←自分でもこれにかなり食らっています。

 

 以上!勢いがあるうちに残り(4曲くらい)も片づけてしまいたい!